塩少々
料理本に「塩少々」とあって、手が止まったことがある。小さじ何杯なのか書いてほしいと思った。ところが、数字で書かれたレシピどおりに作っても、味が決まらない日がある。鍋の大きさも、野菜の水分も、火の強さも、本を書いた人の台所とは違うからだ。
数字で示された指示は、条件が同じであるかぎり正確である。条件が変われば、その正確さはそのまま誤差になる。「少々」という書き方は曖昧なのではなく、最後の判断を作る人の舌に預けている。書き手は分量を伝えるのを諦めたのではなく、伝えられない部分の扱い方を指定している。
ただし、この預け方が成り立つのは、受け取る側に判断の基準があるときに限られる。味見をする習慣のない人にとって、「少々」は何も言っていないのと同じになる。
規則を細かくすれば誰でも同じ結果を出せる、と私たちは考えがちだ。けれども細かい規則は、想定外の条件のもとでは、判断を手放した人ほど誤らせる。指示の曖昧さを不満に思うとき、私たちが求めているのは正確さではなく、判断しなくてよい状態であることが多い。